少しだけ、この町の昔話にお付き合いください。

山口県萩市、佐々並。

昔ながらの町並みが今も残るこの場所に、築約150年の古民家「古月 久年庵」があります。

ここは、国がその歴史的価値を認めた「重要伝統的建造物群保存地区」。木のぬくもり、使い込まれた建具、長い年月を経て受け継がれてきた佇まい。新しいホテルにはない、古い建物だからこその魅力があります。

そして、この古民家の周りに広がる佐々並の町にも、実は興味深い歴史があるのです。

時を重ねた古民家に、泊まるという贅沢。

佐々並の町並みに佇む古月 久年庵

第一話|萩往還。海から海へ続く旅の道

日本海側の萩城下町から、瀬戸内海の三田尻(現在の防府市)へ。約53kmを結ぶ「萩往還」は、毛利氏が萩に城を築いた江戸時代初期に整えられた街道です。藩主の参勤交代の行列をはじめ、商人や旅人、荷を運ぶ人と馬が峠を越えました。幕末には、維新の志士たちも行き交った歴史の道です。

萩往還の歴史を詳しく見る(萩往還公式案内)

第二話|古月のある町、佐々並市。

萩の城下町から三田尻(現在の防府市)へ。かつて人々が行き交った街道「萩往還」の途中に、佐々並市(ささなみいち)はあります。

昔、この町は宿場町としてにぎわい、旅人が足を休め、暮らす人々の日常が重なっていました。その道筋や建物、山々に囲まれた風景が、今も佐々並らしさを伝えてくれます。

2011年6月20日、佐々並市は国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。古い建物だけでなく、町並み全体を次の世代に残すための大切な取り組みです。

第三話|旅人を支えた馬と、今も残る蔵

佐々並の久年地区には、人や馬を送り出して旅を支える役割がありました。古月にも、かつて大名の馬を休ませる場所だったと伝わる蔵が、今も残っています。

その蔵の2階は、現在も宿泊客を迎える際に宿主が寝泊まりする場所。昔も今も、旅人を支えるために使われてきたという物語が、この建物にはあります。

※馬小屋としての用途は家や地域に伝わる話です。建物個別の史料確認は今後進めます。

第四話|重伝建って、ちょっと難しい名前だけど。

「重要伝統的建造物群保存地区」は、歴史ある家々や道、町のまとまりを文化財として守っていく地区のこと。略して「重伝建(じゅうでんけん)」と呼ばれています。

ここで守りたいのは、豪華な建物ばかりではありません。軒先の風景や家々の並び、そこに人が暮らしてきた時間も、町の大切な魅力です。

第五話|幕末の志士と、この町に残る記憶

萩往還は、幕末に吉田松陰や高杉晋作らが行き交った道として知られています。佐々並には、動乱を伝える「佐々並の戦い」の跡も残ります。

近隣には、高杉晋作や伊藤博文の宿泊を記した宿帳があるというお話も伝わっています。お名前や記録の詳細は、所有者の許可と資料を確認してから改めて紹介します。

また佐々並の古老からは、白虎隊士として知られる飯沼貞吉が古月に訪れ、滞在したという話も語り継がれています。いつ、なぜ訪れたのかはまだ分かりません。古い書物とは別に、土地に暮らす人々が伝えてきた記憶も、私たちは大切にしたいと思っています。

※飯沼貞吉にまつわる話は、佐々並の村に語り継がれてきた口伝。遠い昔の旅人の足音に、思いをはせてみたくなります。

第六話|伊藤博文も愛したという、佐々並の豆腐

佐々並には、建物だけでなく、食卓にも歴史が残っています。「ささなみ豆腐」は、伊藤博文も好んだと伝わる地元の味。その伝統は今も受け継がれ、古月からほど近いお食事処で、事前予約により味わうことができます。

お店の名前や詳しいお話は、掲載の許可をいただいてから。まずは、歴史ある町に今も残る味としてご紹介します。

第七話|実は、萩には4つもあるんです。

萩市には、国が選定した重伝建地区が4地区あります。かつての城下町、武家屋敷の町、港町、そして宿場町。それぞれ違う表情を楽しめるのが萩の面白さです。

  • 堀内 ― 萩城の三の丸に広がる、武家屋敷の面影と土塀の町。
  • 平安古(ひやこ) ― 長い土塀や鍵曲(かいまがり)に、城下町の風情が残る場所。
  • 浜崎 ― 海とともに栄えた、商家の建物が並ぶ港町。
  • 佐々並市(ささなみいち) ― 萩往還の道筋に残る、山里の宿場町。

古月でゆっくり過ごした翌日は、そんな萩の「時間が残る町」を巡ってみるのもおすすめです。

もっと知りたい方へ ― 公的資料・観光案内

※国による選定は「佐々並市の保存地区」に対するものです。古月の建物そのものが個別に国指定重要文化財等に指定されている、という意味ではありません。建物の個別の保護対象区分は公的台帳を確認してから追記します。

古月 久年庵の施設案内を見る